こんな会社辞めてやる!プロレスラー藤波辰爾に学ぶ会社の正しい辞め方と転職先の見つけ方!

俺は物心ついた頃からプロレスを観ていた。
そう。中学生の頃だ。

一度目覚ましをセットして
眠い眼をこすりながら日曜日の真夜中に、

全日本プロレスを観ていたことを
今でも思い出して、夜中にユーチューブなんか

観たりした日にゃぁ・・
かなり寝不足になること間違いなしだ。

もちろん、ジャイアント馬場さんの
全日本プロレスのみならず、

アントニオ猪木の新日本プロレスも
観ていたが、俺が観ていた頃は、

猪木はすでに引退ロード真っ最中で
グレート・ムタに緑の毒吹きを吹きかけられて

ひとりでぶちぎれていた。
って、まああれだ。

今日は、
ここでプロレス談義をしようというわけではなくて・・

新社会人になった方も、そして社会人になり
数年が経ち、すでに会社に嫌気がさしている頃かな?

というあなたのために、わざわざ俺は今、
ここからリングを降りて、君に話している。

そう。俺はプロレスラー藤波辰爾に
人生における会社員という立場のあり方について

多くを学んだのだ。
といっても俺は今40歳になろうとしている。

高校を卒業をしてからは、ロクに定職にもつかずに
ブラブラと今でいうニートみたいな生活をしていたこともある。

だけれど30歳になり、まともに働いた。
介護職という仕事に就いたが、これも長続きせずに

介護現場を転々とした。
まあ仕事の需要はあるのはあるから、

仕事がないということにはならなかったが、
今でもひとりで夜に酒を飲んでいると

プロレスラー藤波辰爾のあの言葉が脳裏に焼きつくんだ。

「こんな会社辞めてやる!」と、言いながら、

プロレスラー藤波辰爾は、真冬の北海道の雪道を
黒タイツ一張羅で、どこかに消えてしまったのだ。

ちょうど長州力との一騎打ちの日だったのだが、
藤原組長の襲撃により、試合が中断。

いわゆるノーコンテストとなったのだった。
それでも、・・プロレスラー藤波辰爾を会社を辞めなかった。

いや、むしろ、ブシロードに会社を持っていかれるまで
藤波辰爾は必至に新日本プロレスという会社を愛した。

こんなCDまで出した。

UWF一派や、長州力がいったりきたりしている最中、
プロレスラー藤波辰爾は、最後の最後まで、会社員でありつづけた。

そして、今では息子もプロレスラーになっている。
そんなプロレスラー藤波辰爾も、今では新日本プロレスを辞めて、

自身でプロデュースして今ではリングにあがりつづけている。
ブシロード体制となった、この現在の新日本プロレスから

離れて、武藤敬二や、長州力、ライガーといった
いわゆるレジェンドレスラーたちとともにリングにあがっている。

そう、あなたは、今こう思っていることだろう。
おまえのプロレス話を聞きたいわけじゃないよ、ってね。

分かっている。俺はそのことを一番わかっている。
なぜなら・・・俺は君だからだ。

プロレスはガチじゃないことを俺は君よりも
よく理解しているんだ。それは理屈じゃない。

もうこんな会社辞めてやる!と思ったときね、
今回のこのブログ記事を思い出してほしいんだ。

今辞めるべきなのか?それともいったんパンツ姿になり
外にでて頭を冷やして自分自身で考えるか、それは君次第だけれど。

簡単に辞めて、いいというわけじゃない。
ジョージアのCMでも言われているが、

会社に残るか、辞めるかは、すべては君次第だ。
会社の正しい辞め方なんて、そもそも終身雇用制が

崩壊した、この現代社会では
もうどうなっていいのかもしれない。

藤波辰爾がベイダーのせいで腰を壊して
ドラゴンスープレックスができなくなる・・その前に・・

君にとってのベイダーから、今逃げるときなのかもしれない。
カラダを壊してしまっては本末転倒だからだ。

だから、プロレスラー藤波辰爾からドラゴンストップが
かかるその前に、転職するのか、しないのか。

それは君自身が、今回のこの記事を読んで
あなた自身が自分で決めることだ。

ぜひ検討を祈っているよ。
それでは、恒例の・・いくぞ!

1、2、3・・・・・・・・
ダァーーーー!!

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